世間に「成るやうにしか成らぬ」といふ言葉がありますが、画も亦さうです。結局成るやうに成つたものの方が、成らぬものを成さうとしたものよりよい。成らぬものを成さうとするから無理が生じる。其の無理を最も嫌ふのです。それは何んでもない分り切つたことのやうであつて、しばしば繰り返される分らないことなのです。態度が主となつて、心が客になると、成らぬことを成さうとすることになります。 画にはよくあくのある画があります。随分中にはあくの強い画だがうまい画だといふのもあります。うまいといふのは技術と才気とであります。それは画の表面となるもので、画の心となるものではありません。いくらうまくても画心にあくのあるものは是等の画なのです。強いにしろ烈しいにしろ、弱いにしろ優しいにしろ、画心が澄まねば決してよい画にはなりません。然しあまりうまいものは多く画心を濁らして居ます。古来達者な愚画や、うまい悪画がよくあるのはその為めです。 ルノアルといふ人はよい芸術家に相違ありません。弟子に教へて左のやうに言つたと聞いて居ります。 「自分の性質のままに描くがよい。それがうまく行かぬなら人の描いて居るやうに描くがよい」と。 誠に至言であります。 自分の成るやうに成つて行くのがよい。それが自分に不満で不安で、又さう出来ないなら他人の真似をして居るより仕方がない。 兎も角自己を安んずることが芸術家の第一歩なのです。 うまい画と、よい画とを多くの人は混同して居ります。それ故に鑑画がまちまちになつてしまふのです。よい質も表現の能が無ければ、仕方がありません。表現されてこそ芸術なのですから。それ故兎も角自然を観ることの修養、そして又表現の修業をせねばなりません。 画を学ぷ為めの師となるものは人ではありません。真の師は自然にあるのです。人は仮りに師となつても、それは後進の為めの先輩であつて、後進の舵を取つて行く為めです。安んじて自然を師と仰ぐことの出来ぬやうなものは、画を学ばぬがよいと思ひます。 写生のままでは制作にならぬと考へて居る画家は非常に多いが、何故に写生のままが制作にならぬか。そのままが制作にならぬやうな写生しか出来ぬものとすれば、其の人の考へる制作は、結局生きた制作にはなり難いといふことが出来ます。 写生のままが制作でないといふ誤信は非常に多いと思はれます。習作と制作と区別してかかるのも矢張り同じことです。習作がどうして制作にならぬか。此の区別をする態度が既に画生活の真義から外れたものだと言へるのです。 画学青年が多く素描を制作の下地だとする観念も亦同じことです。「之れは習作だ」「之れは制作だ」として区別してかかる観念を排さねばいけません。此の区別感が徹癈されぬ以上、眼も手も横道に在るものだと言はねばなりません。 写生の真義、即ち自然の生を写したものこそ、立派な制作であることを信じたいものです。 画人は画作によつて生きるのは勿論でありますが、画家の仲間には往々画論を一笑に付するやうな人がありますが、さういふ人の心持は解せないと思ひます。 「自分は画論をしたくないからしない」といふ心持はしばしばあります。自分等もよくそれは持つ心持です。だが画論といふものは口にするかしないかの差はあつても、恐らく作家としては誰れも持つて居るべきものなのです。画論は仕事の態度を表明する言葉だからです。好んで表明せずともよいといふ心持もあり、表明したくなる心持も出る。その違ひはありますが、作家の生涯が全然無態度では仕事は出来ないのです。 画者が画に対する考の表明は、片言寸語も亦画論です。議論的形式のもののみを画論としません。だから全然無考へで仕事をして居らない以上、画論は画者には有るべきものなのです。竹田の「山中人饒舌」の如き最も著名な一例ですが、「山中人饒舌」は竹田をして重くも軽くもして居ない。唯当然の感を吾々に与へるのです。自己の軽重を期待するやうな画論は勿論本当のものではありません。さう云ふ者こそ臭いものです。「斯くあるべきは当然」の画論はあるべきだといふことを私は言ふのです。それは画人が自分の仕事に就いての熱と信との発散であるに過ぎません。だから画に終始するものの、それは自づから発散する気散じのやうなものだとしてもよい。結局千言万語も一作の心を表明することの難いものだといふことは、作家の誰れもが知るところです。「だから画論などは要なし」とする人を私は笑ふのです。 だが態度に捉はれれば、態度が手を拡げて画心を被ひ兎角画心を曇らせます。態度は仕事の道であります。 古来態度の立派さ、態度の賢さを思はせるものがありながら、其の態度に患はされた人もあるやうです。態度が画表に手を拡げれば、画は二流に堕ちねばなりません。技巧が画表に手を拡げれば、画は三流に堕ちねばなりません。深く自ら戒むべきことです。 （大正十四年一月・アララギ） |
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