夏の野菜物
春から夏へかけて、僕は主として菜食をやるが、どうも東京郊外の八百屋物位うまくないものはない。うまくなくても仕方がないから買つて喰つて居るしまつだ。郊外も、昔は田端あたりに間借りして自炊でもして居ると、葱や大根が、畑から直ぐに鍋へ運ばれたから、新鮮でうまかつた筈だが、お生憎様にも、其の頃は野菜物などは一向価値を認めず、青年の要求する味覚は肉だつた。初老の年代になつて、野菜の味が分るやうになつたら、今度はうまい野菜が喰へないといふ訳だ。どうも世の中はうまく行かないものだ。地所を借りて家を造り、空地の一部に野菜を作つて、せめてもの楽しみとして数年軽過すると、それも周囲に家が建ち、風が透らず、もう何を作つてもうまく出来ない。やつぱり又まづい八百屋物を買つて喰ふことになる。 僕はトマトをよく喰ふ。去年は手作りのトマト四五十個を食つて、いささか溜飲を下げたが、今年はさうは行かぬやうだから、又八百屋もので辛棒せねばならない。然しトマトは美味なものだ。 僕はトマトと胡瓜と豆腐は、暑い内の三四ケ月、家に居れば毎日喰ひます。 （昭和四年九月・美術新論） |
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