近ごろ私は神軽衰弱に罹つているので、なるべく朝早く起きるように心掛けている。それで毎朝六時には眼を覚します。 胃が悪いので食事は二度にしてなるべく柔い物を食べるようにしている。朝飯とも昼飯ともつかぬ食事を十時ごろに食べる。新聞は読売を取つている。長く取りつけているので親しみが多いからである。 タ方に晩飯を食べて、一時間ばかり軽つともう寝てしまふ。さうすれば勢ひ朝早く起きることになる。風呂は好きだが嫌ひである。湯に浸るのは全くいい気持で、それだけなら好きだが、家を出て風呂に行かなければならないことや、湯屋へ行つてから着物を脱いだり、着たりすることが面倒なので、つひ止めてしまふことになる。だから嫌ひだとも云へる。気が向くと三日位は毎日つづけて出掛けるやうなこともあるが、この頃のやうに身体の工合が良くないと、月の中に二三、回も行くか行かないか位なものだ。食物に就いては大した選り好みはしない方である。 製作は多く旅行中にやる。製作の時間は一定していないが、旅に出て写生をする時は画を中心として夕方まで描きつづける。自分の製作の速度が非常に遅いからどうしてもさうなるのである。 自家に居るときは余り製作をやらないが、時々紙の画を描くことがある。それは興味が湧いて来たときに即興的に描く場合が多いから、時には朝早く筆を執ることもある。 酒は一合位が適度で、それ以上飲むやうなことは滅多にない。煙草は非常に好きで、絶えず煙を吐いている方だ。客と話でもしていると、一袋位は知らぬ間に吸つてしまふ。分量も多く吸ふから随つて弱い煙草がいい。私には朝日が一番適しているやうだ。時にはゴールデンバツトや其の他の煙草を吸つて見ることもある。人と対座すると、煙草と茶を代る代るに吸つたり飲んだりする。それが随分劇しい。 読書は近頃余りしない。どうもこれでは不可ないと思ふが、進んで読む気になれない。それでも毎月数種の文芸雑誌位は読んでいる。自分の趣味から云へば固い物よりどちらかと云へば随筆類を好む。植物や生物に関する学者の研究などを好んで読む。政治問題や思想問題は余り自分の興味を惹かない。 頭髪に就いては無関心と云つていい。理髪店へ行くのが億劫でならない。夏は実用上特に長く延ばすやうにしている。炎天の下で写生をやるから、頭の衞生上からさうする必要があるからだが、強いてさう心掛けないでも、自分などは無精からでも遂にその目的に添ふやうなことが多い。冬は短く刈ることにしているが、何時の間にか延びてしまふ。すると又それを刈るのが中々面倒臭くつて仕方がない。それでも西洋にいたときの習慣が幾らか残つていると見えて、顔だけは思ひ出しては剃るやうにしている心算だが、友人などは私の無精鬚を見て笑ふやうなことが多い。自分では時々剃つている心算だが、矢張り世間の人から見ると無精なのかも知れない。 部屋は日本室でいいから、何にもない部屋を一間欲しい。頭に少しの刺戟をも受けたくないからである。全く一人の天地だと云ふ気分のする部屋が欲しい。さう云ふ部屋には額などを掛けることも避けたい。 手紙は矢張り無精から滅多に書かない。自分の着物に対しては殆んど無関心と云つていい。唯だ垢の付いた着物より付かぬ方が気持がいいと感ずるだけだ。 ところで女は矢張り綺麗な着物を着た方が綺麗に見える。ついでに女に就いて云へば、私は女に対しては智を要求しない。西洋の女は智的であると云つて尊重する人もあるが、私は日本の女の性質が好ましい。 女の裸体でも西洋人はスタいルはいいし、肌の色も美しいことは慥だけれど、私は日本の女の不恰好なところに一種の美を感じる。その姿態から受ける感じがチミツドである。控目とか内気とか云ふ感じがある。潜んだ美しさと、潜んだ動きがある。そこに何んとも云へぬ良いところがある。肌の色にしても白いから美しいとは一概に断言することは出来ない。私の眼には黄色が白色にも増して美しく見える。巴里でマイヨールの彫刻を見たときはハツと思ふ位親しみを感じた。ロダンの彫刻よりも私にとつてはマイヨールの方が好ましい。その東洋味を何んとも云へない位なつかしく感じた。 音楽に対しても殆んど無関心といつていい。だが、自然を写生しながら遠く聞く渓川の音は、音楽以上の音楽だと思つて聞くことがある。芝居は嫌ひではないが矢張り無精から余り見に行く機会がない。 勝負事は大嫌ひだ。勝つたり負けたりすることはどうも自分の性情として好ましくない。先天的に勝負事を好む人があるが私などは全く反対の方である。唯だ巴里にいた時にジヤツケーと云ふ遊戯たけは屡々やつたことがある。この遊戯は仏蘭西特有の物で、日本の双六と云つた風の物であつて、勝つても負けても大いしたことはない。どちらかと云へば老人や子供に適した遊戯だが、カフエーなどへ行くとよくやつているのを見かけた。そんなものなら退屈凌ぎにやつて見る気にもなるけれど、将棋だの、碁だの、トランプだのになると、どうもやる気になれない。 勝負事に限らず自分は何んでも他人と比較するのが嫌ひだし、比較されるのも嫌ひた。画などでも他人と競争しようなどと思つたことはない。そんな野心は全く無い。唯だ好きな方に直進すればいいので、嫌ひな画などは顧みないと云ふのが、自分の主義だと云へるかも知れない。 散歩は好きで、クサクサすると郊外を散歩する、写生に行く時でも散歩の気持を失はない。人を訪ねるにも初めから誰々を訪ねようと予定しないで、散歩の気持で家を出て、歩いているうちに、何処々々へ行かうと決めることが多い。 散歩は好きだが外出は嫌ひである。外出と云へば「用件の為め」と云ふことを意味する。さう云ふ外出は、自分の散歩を愛する心持とは両立しないものであるから嫌ひである。散歩と云ふと軽い気持だが、外出となると中々臆劫に感じられる。 私は都会よりも田園の方が好きだ。都会の真中を歩いていると、思はぬところで知人に出逢つたりするけれども、田園ではそんなことはない。写生をして居つても全く暢（のんび）りとした気持になれる。田園の人が言葉通りに路傍の人だから、自分は誰に遠慮もなく自然に親しむことが出来る。製作に熱中することが出来る。 最後に画に就いて一言すれば、私は概して図案的の物より漫画的絵画の方に趣味を感じる。その意味でドーミエなどは好きな画家である。 （大正九年六月・中央美術） |
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