滞欧中は主に巴里を中心として丁度一年半程居りました。彼地は例の戦争が影響して一時は何処のミユーゼも閉鎖したので困つたのでしたが、其の後ルクサンブールが此の五月から其の一部を開いて、先頃ロダンが其の作品数十点を英国に寄贈したのに対して、英国から送つて来たブランギーンのエツチング二百点許りと、ベルヂツクの作品及び平常此のミユーゼに無いロダンの作品とを集めて陳列して居ます。尤もルーブルの方は未だに全部閉ぢて居ます。 美術店もベルネーム、ジユランリユエル、ドリユエルを除く外は孰れも開店して居ますから、別に不自由を感ずることもありませんでした。是等の美術店は矢張り日本のそれと同じく、画を売るのが目的で出来て居るのですが、前に高村君がやつて居られた琅?洞（ろうかんどう）の様なもののもつと規模も大きく且高級なものです。ですから其処へ行けば、何時でも大家の作品が沢山に陳列してある許りでなく、望に依つては陳列しきれないで蔵つてあるのまでも見せて貰ふことが出来るので非常に便利です。又時には其処で個人展覧会等も催されることもあります。そんな訳で昨年も今年も、戦争の為め開かれなかつた秋のサロンに出品する人々の作品や、以前にサロンに出品された作品等も其処で見ることが出来ました。それに折よく里昂（リヨン）で博覧会が有つたので、其処でもいろいろの人々の作品に接することが出来たのでした。 春のサロンは見ました、御承知でせうが彼地には春のサロンと秋のサロンとあつて、春のは衆愚の人気は集めて居るが、殆ど芸術には没交渉の作品が多くを占めて居るのです。 よく、今彼地では誰が流行児かとか、誰が一番権威があるかとか聞かれますが、彼の地の画界は日本のとは大分人も多し、趣も異つて居ますから、日本の様に或る一人が少し評判がよいと、吾も吾もとそれに就くといふ様な所謂雷同をしないから、従つて誰が流行児とも、権威者とも云へません。だから今でもコラン等の処へ通つているものも中々あります。がしかしコラン等は随分と好い加減な仕事をやつて居る様です。勿諭彼等は芸術の運動とか信念と云つたことには一向係りがないやうです。 伊太利以来の自然の視方に不満の結果、印象派の起つたのも過去となつて、未来派、立体派等の新運動が起つた。（尤も此の未来派、立体派は尚未製品でありますけれども）是等の運動に体して世間では一時の気まぐれな所為の様に云ふ人もありますが、成程其等の作品には極めて下らないのも無いではありませんが、決して所謂気まぐれな所為だとは云へません。 巴里でロートレクの展覧会を見たが非常に面白いと思ひました。よく表紙等も描いてた人で、其画に一種の癖がありますが、確りしたデツサンの修練には少なからず感服させられました。好んで芝居や寄席などから題材を取つて描いて居ますが、時には又曲馬の看板等を描いて居ることがあります。ドミエーやロートレクなどの認められて来たのは近年のことです。 画集などば仏蘭西出来のが中々よいのですが、余り印刷其の他に贅を尽す為め、一冊が百フランもするので容易に手に入り兼ねる所へ来て、比較的手軽に出来て居る濁逸製のが戦争で入らないので、手に入れるに大分苦心しました。 流行とか人気とか云ふものが、芸術の価値と平行しないことは今も同じです。クールベーやセザンヌの仕事は益々権威を持ちませう。同時にルツソーなどの作物を顧みることは必要でせう。是等の仕事の精神を顧みないでは新らしい運動も覚束ないと思ひます。 何時か折があつたら又物語も出来ませうが、未だ帰朝して間も無いので落着いた気分になれませんから、断片的な話ですが茲で止めて置きます。（談）（大正五年一月・みづゑ） |
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