鳥羽僧正の動物戲画巻や信貴山縁起の巻は、自分の日本に於ける独歩の名作として、毎毎尊敬の念もつて接するものです。信貴山縁起の方は勿論のことですが、動物戲画の描法を略画と言へるものかどうか。私は略画といふ言葉を用ひたくないものだと思ひます。略画といふ語には軽い意味が含まれる感もあり、動物戲画のやうなものには、適当せぬ言葉です。が、簡潔な骨描の立派な画として、力ある素描の佳品として、あれを見る毎に尊敬の念を強める画です。 私は十余年前に、西洋の旅行から帰つた直後に、京都の博物館で久しぶりに、動物戲画に接した時の喜びは、今も忘れ難く心に残る。西洋旅中の終りに近くなつた頃、自分は心の中に様々東西の美術を比較して見ました。結局少数の作家が心に残る外、西の美術は要するに吾々東洋人の心にはしつくりしないことを感じたのですが、然し画術としての東洋画を考へて見ると、東洋画には表現の弱さがあるといふことが第一に気にかかることでした。他の点では勝れて居ると考へられ、又ひけをとらないと考へられる種々の点が心に浮む場合でも、この表現力が弱いやうな点がどうも心にかかつて、帰りの船中でも私は日本へ帰つたら早くそれを確めたいといふ念があつた。それで私は船から上ると直ぐに京都へ行つて博物館の絵巻陳列の室へ脚を運んだ。此時この陳列のあることは新聞で知り、ひそかに動物戲画の出陳も予想して居た。 私が非常に気にして居た日本の画の、表現上の欠点といふこと、つまり西洋の画を見た眼に、日本の画の表現法がどんなに弱々しく見へるだらうか。といふ大きい凝念は、全く此の動物戲画に接して一掃された訳でした。私は此時の驚きと、喜びとの感想を嘗つて述べたことがあるのです。私は其時、佛蘭西のドーミエの作と、此の動物戲画が似通つた点があるとも述べました。此の比較論は今日少し訂正の要を感じますが、ドーミエの素描に無駄な点がないと同じく、鳥羽僧正の骨描も実に無駄が無い。否ドーミエ以上に無駄のない、且つ気品の高い作品をしたことを実に偉大に感ずるのです。東洋人で無ければ之れだけ無駄の無い写生は出来ないとも感じ、之れだげ高い画格のものも作り得ないとも感じます。動物戲画の形式でありながら、画心は非常に真面目なもので、余程高い強い心の人で無ければ、ああいふものは作らないと感じて居ます。信貴山縁起が尊いものであると同じ感じを持たせます。此の画巻などの力の強さは骨描がしつかりして居るといふこと、人物でも動物でも如何にも活躍して居るといふこと、これは出来るだけの簡約に於て、止りどころでぴたりと止つて居る。抜きさしのならない表現法が採られて居ると思ふ。隙きだらけの所謂略画は沢山あるが、抜きさしの出来ない強さをもつた簡潔さは得難いものです。 略画といふ言葉も解しやうではあるが、私は動物戲画を略画とは言ひたくないのです。尤も画に表現し得る自然の凡てをふるいに掛けて、上に残された大粒（仮りに大粒と言つて見る）だけで成つた画を略画と呼ぶとすれば、動物戲画も略画の中に這入ります。 （大正十年一月・アトリエ） |
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